不正確的な距離計算

2020 
紙、テキスト、映像
29.7×21 5枚, 54×39.5枚 
1°03’16, 56’06, 1°05’00, 1°29’41, 21’44 
京都の五つのルートを選び、「主観」「正確ではない」方法で距離の計算を行い、その結果をレポート、映像、地図で示しました。

ルートは「桂駅から京都市立芸大」、「東寺から西寺跡」、「植物園から動物園」、「京都御苑一周」、「一条から九条(千本通り沿い)」の五つです。それらを「私の一歩」、「忘れた言葉」、「食べたPocky」「タイピングした文字数」「白紙が出たシワ」という単位で計算しました。

グーグルマップ(Google Maps)の「ルート・乗換」機能は、出発地と目的地を入力すると、ルートを計算して、かかる時間を表示するインターネットサービスです。その機能を使う際に感じた二つの「誤差」(1)「『グーグルマップを通して距離を理解すること』と『身体が物理的な距離を感じること』の間の『誤差』」(2)「客観的・正確的なこととの『誤差』」をきっかけとして制作しました。

グーグルマップを見た時、自分はもうその距離を理解したと思い込みますが、実際にそのルートを行ったら、必ず何らかの「誤差」があります。脳内に留めておく情報と、現地で身体が受けとった情報が整合する過程は、常に不思議な体験だと感じます。グーグルマップを使わずに現地に行くのと、グーグルマップをチェックしてから行くのでは、その距離に対する認識が異なると思われます。常にグーグルマップを通して距離を認識してる私は、距離の感じ方を変えられているに違いないと思います。

また、グーグルマップが表示するルートは、大量なデータを収集して、分析した結果でありかつまた、不特定多数の人に(実際に存在しない対象に)向けて表示した結果です。それは最も「客観的」で「正確的」な結果のはずですが、個々人に対しては少なからず「誤差」が生じます。
「誤差」、「正確」、「客観」、「主観」という概念は、科学的な思考と深く関わっています。以前から、管理や生産のために、効率的に問題を解決できる科学的手は利用されていますが、情報技術の発展とともに、さらには人間を管理することが可能になり、人間の行為や感情を分析する科学がさらに盛んになっています。人が科学的な思考でしか自分や他人を認識していないことになり、“情報権力者”にも自らのデータを提供させられています。そこでは、人間の複雑性が無視されているのではないでしょうか。多くの場合、「客観と正確」は「真実」と認められて、口実のように利用されていると思います。

私は情報サービス会社や情報化社会によって変容させられてしまった自身の物事に対する感じ方を取り戻したいと思います。「自分が感じたことを真実と見なす」と決めます。この作品は、人間が定義され、枠に入れられており、簡略化してるこの世界において、ささやかな抵抗とも言えるでしょう。
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